ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています

tomatojuicer222's diary

ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています→ http://tomatojuicer222.hatenablog.com/entry/2014/11/19/121242

ダークナイト論4(ライジング編)

ベインとの戦いというメインのストーリーだけを追っていると、まぁよくあるヒーローアクション(ちょっと物足りない)なんだろうな、前作ジョーカーには及ばないと見えるかもかもしれない。なんだけど、今作は三部作の三作目として本領を発揮するタイプ。その辺を解説してきたい。

 二年越しに続きの記事を完成させました。えらい!

つづきものの前記事はこちら。

 

 

tomatojuicer222.hatenablog.com

 

 

tomatojuicer222.hatenablog.com

 

tomatojuicer222.hatenablog.com

 

・大まかなストーリー
ヤバイ奴出てきた勝てねぇwww→対策打ってリベンジ→なんとか勝てたけど核爆弾とまんねぇwww相打ちだわwww→死んだと思った?生きてるよハッピーエンドドヤァァァァwww

という正直見飽きた90年代ハリウッド大作のテンプレみたいな展開なので、表面だけ追っているとつまらない。
 

・見どころはバトル以外に
しかしそもそもこのシリーズ、ただ襲ってくる悪い奴を、降りかかる火の粉式に倒していくというものではないんですよね。
バットマンは超意識高い系なので、ゆくゆくはバットマン不要な治安の良い街にするという理想をもって戦っているわけ。ビギンズ、ダークナイトでは、襲ってくる敵を倒すことには成功するものの、理想とはどんどん遠ざかる闇が描かれています。
 
そこをどう解決していくかというバトル以外のシーンが今作のメインであって、ベインなんて敵はほとんどオマケ、それ以外のシーンが今作のキモです。
 
 
・「死んだと思ったら」「実は生きていた」
これを単にハリウッドお約束の核阻止成功エンドと読み取ることもできてしまうけど、それは誤読。三部作を通じて描かれてきた街の未来という視点で見ると、これ以上ないくらい完璧な畳み方になっているんです。
 
まずは「死んだと思ったら」の部分。
市民に「バットマンは死んだ」と思わせることが、どれだけ重要か考えてみてください。

ダークナイトのラスト、ハービーデントは悪い奴になって死んだけど、住民は真相を知らず街の英雄として扱っています。
 
銅像が建てられ、彼の遺志を根拠にハービーデント法が可決され、一時的ではあるものの街は平和を保っています。これはまさにブルースが理想とする「住民が悪を許さない」街の姿です。
 
英雄が街を守って死ぬ→→→心を動かされた住民は正義の行動をとる
 
これが前作で描かれたゴッサムという街のルールです。デント=英雄という前提の部分が嘘っぱちなのでこの平和は7年しか保ちませんでしたが。
 
そしてこのルールをそのままもう一度適用しているのが、今作のラストなわけですよ。

デントの時と同じくバットマンは街を救って死んだと思われている。
デントの時と同じく英雄として銅像が立てられ、
デントの時と同じく街は再び良い方に変わっていくだろう、という未来を描いているんですね。
 
住民は鈍いので、英雄が死ぬまで何が正義かなんてわかりません。このためバットマンが死んだと思わせる事が不可欠なのです。
 
同じように「実は生きていた」の方も大事。
ビギンズでは、ブルースがバットマンになる修行時代の事が描かれています。強さの理由が説明されています。
闇と同化し、死を恐れず、自身が恐怖の象徴となること。これがバットマンとしてのアイデンティティです。この強さはマフィアには効果抜群で、同時にジョーカーのような怪物寄りの(警察では対処できない系の)の犯罪者を惹きつけてしまいます。
だからジョーカーみたいはやつを呼び込まないためには、バットマンは引退するほうが街のためなんですね。アルフレッドからさんざん引退を勧められるのはこう言った事情ですよね。体の心配はともかく、怪人とのイタチごっこはやめろと。
 
死の恐怖を克服して人間やめたのがバットマンなので、死を正しく恐れる一般人に戻ることが重要なんです。ブルースは背骨を折られて奈落に捕まっている間に、死をきちんと恐れることを思い出します。きちんと死を恐れた結果が最後の自動運転であり、生還エンドなんですね。
「実は生きてた」は単に死んだ/生きてたのルートの話ではなく「きちんとバットマンを卒業できました」という表現になっているわけです。
 

・その他の小ネタ
他にも前作を下敷きにしたシンメトリーな描写がたくさんでてきていちいち面白いです。
 
ダークナイトにてジョーカーは"手段を選ばなければマフィアを掌握するのは簡単だせ"というメッセージを送ります。
札束を燃やすシーンですね。こうやってマフィア対策に苦心していたバットマンを挑発した。
これに対してベインは"手段を選ばなければ住民に悪を裁かせるのは簡単だぜ"をやってみせた。
 
ダークナイトにてジョーカーはバットマンの中の人を探していた。
マフィアはバットマンとの戦いばかり考えて、中の人を見つけるという発想は持てなかったんでしたよね。
これに対してベインは中の人を特定したうえでブルース個人の資産を押さえた。
 
ダークナイトにてジョーカーはブルースが愛するレイチェルを切り札として使った。
これに対してタリアはレイチェルに代わる次期愛する人として切り札になろうとした。そしてあんまり愛されてなくて失敗したんですね。ウケる。
競売に出された屋敷に忍び込んでのおざなりベッドシーンは映画史に残る秀逸さだと思います。あのシーンでタリアは愛する人になれたと勘違いし、映画を観ている観客からはきちんとただの慰めに見えるんですよね。なんであんなダッサイ濡れ場挟んだんだって批判を浴びたみたいですが、明らかにわざとでしょう。
 
・アンハサウェイがかわいい。マリオンコティヤールよりも、マギーなんとかよりもダントツでかわいい。
そりゃタリアが切り札になれないわけですよ。ブルースは根がチャラいので仕方がないのです。
この発想でいくとレイチェルがケイティホームズのままだったら、アンハサウェイに勝るとも劣らない可愛さなので違う結末もあったかもしれない。もっとダークナイト時点で、ジョーカーを放置してさっさと引退というルートですね。
この辺の女優の人選はだれがやったんだろう超センスいい。(女優変更の件はトムクルーズとの離婚でもめてキャスティングできなかったってのが真相らしく、ストーリーとは関係ないんだけどね、うん)
 
 
 
 
そんなわけで二年越しの更新ですがやっと解説おしまいです。三部作の三作目でないと描けない面白さがうまく伝えられていれば幸いです。世間では二作目ダークナイトのみ高評価って感じですが、三部作セットでみるとスターウォーズepⅠ-Ⅲにも負けない最高の三部作だと思ってます。
 
この辺の流れを若干汲んでのマン・オブ・スティールがあるんですが、それはまたいずれ。
 
ノーラン作品まとめはこちら

 

tomatojuicer222.hatenablog.com