ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています

tomatojuicer222's diary

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フォロウイングとメメント

インターステラ―公開記念、クリストファーノーランの作品を考察とかしたい企画第一弾。

フォロウイングとメメントという、同じ手法で編集された二つの映画を考察する。

この二つはセットで考えてこそ意味がある。なぜこの二つは同じ編集(シーンごとにバラバラにして、時系列の逆順につなぐ。リバースシークエンスだっけ?そもそもちゃんとした名前がついてる手法なのかも知らないけど。)で作られたのか。このそっくりな編集もだし、続きものでもないのにDVDはセットで売られてたりする。そんな二卵性双生児みたいな作品なので、やっぱり何かこの編集に特有の意図があるんじゃなかろうか。

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メメントではこの理由は比較的わかりやすい。逆順の編集を行う事で、最新の十分間の記憶しか保てないという主人公の病状を観客が追体験することになる。上映が進んでストーリーがある程度繋がってきても、常に目の前には主人公が体験したのと同じ新しい混乱が迫ってくる。記憶のしっかりした観客にこの体験をさせたのはまさに編集のおかげ。

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ではメメント以前の作品、フォロウイングではどうか。全く同じ手法で編集されながら、この主人公はいたって普通なのである。それはもう映画の主人公になんて到底選ばれないような、ちょっと変態だけど冴えない男なのである。なぜノーランはこんなヤツを映画にしたのか。
メメントでは「逆順に編集されること」と「記憶がもたないという設定」にも正当性があったからこそ見失ってしまうけど、フォロウイングを見る限り実は順番が逆なんじゃないか。こんな風に撮れば平凡な話でも映画になってしまう、それがこの2作品のすごいとこなんじゃないか。メメントの斬新だったあの編集に注目しすぎて本質を見失っていた気がする。

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そしてこれは既存の映画、"視聴者ウケする派手さのために整合性のない展開をつっこんでくる"映画に対する批判に見える。わかりやすいとこだと「24」なんかがそう。あの場面で早とちりしなければ、娘がほんのちょっと素直に父に従ってれば、同僚がつまらない嫉妬心でウザがらみしなければ、世界一忙しいで有名なあの男は定時あがりとはいわずとも日付が変わる前くらいには家に帰って休めたんじゃなかろうか。もちろん「24」はノーラン作品より後に放送されたもので、ノーランがもし本当に批判してるとすればそれは別の映画だろうけど。(それについて心当たる作品もあるけど、つまんない映画に対する愚痴になりそうだから割愛)

日本の少女マンガだってそうだよね。意地はらずにほんの一言声をかければ済んだ話じゃん!ってとこで別れたり浮気したりはたまた人が死んだりする。そらちょっとは意地はる気持ちはわかるんだよ。それにしたって話をややこしく引きのばすだけのトンデモ展開が世の中のストーリーに多すぎる。

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ところで、そんな突っ込みどころ満載のドタバタ展開をしなくても、現実の生活は十分ドラマチックである。遅刻しそうな道でぶつかった女の子が、実はもう数週間も自分のことを追っていたかどうかなんて、ぶつかった瞬間には誰にもわからない。特殊能力を持った主人公である必要はなくて、そんな誰にでも起こる"偶然ですらない"出来事こそ、きちんと描けば映画になる。話を都合よく盛るためのわざとらしい不具合とか、予測不能な行動をとるマジキチ主人公なんていらないのである。普通な男がそれぞれの論理できちんと考え行動し、ただ出会った相手を知らないだけ。ほんのそれだけでストーリーは十分面白い。

このブログでもおいおい取り上げる予定だけど、後のノーラン作品でもこの原則は守られている。誰もが知ってるヒーロー映画も、絶対にありえないような空想の世界が舞台でも、そこに描かれるのはごく普通のおっちゃんだ。メメントでも実はそこのところは同じ。主人公の設定を抜きにしたら、残るのはそれはそれは地味~な話で、でもそこにちゃんと面白さがある。チートな主人公が無双する話だってそりゃ爽快感はあるけど、すぐに見飽きる。ずっと面白いのは自分と同じ普通の人が何に迷ってどう動くかという人間ドラマなのである。メメントの場合"記憶をなくす"特殊能力を持つ、この一点だけがエンタメ化のための派手さ(そして例の編集に正当性を与える設定)であり、物語の本質的な面白さは別にちゃんとある。

そんなメメントの土台として、より平凡な設定でしかも白黒映画。エンタメ的な要素を完璧に排除した上で"ほら、これでもちゃんと面白いでしょ"を証明する実験のような作品がフォロウイングである。

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ちなみにこの両作品、とんでもなく眠くなるうえに、話を時系列順に頭の中で復元したりと超疲れるからね、よほどのノーラン好きでない限りオススメはしない。あと結構古い上に監督自体が無名だったころの作品なので、あんまりレンタルできなかったりする。インターステラ―公開でツ〇ヤにはノーラン特集のコーナーができてるだろうから、チャンスといえばチャンスなんだ。しかしオススメはしない。