ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています

tomatojuicer222's diary

ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています→ http://tomatojuicer222.hatenablog.com/entry/2014/11/19/121242

タイツ生足問題です。

タイプとは、フェチとは。

 

「黒髪ロングが好きなはずなのにショートカットちゃんにドキッとしてしまった」
「美人であればタイプとか関係なく好きになってしまう、自分はメンクイのチャラ男になってしまったのだろうか」
こんな会話をしたのですが、似たような話って他にもよくありますよね。
「好きなタイプは好きになった人」
とか。
「彼氏に痩せろと言われてダイエットを頑張ってきたのに、自分より太い子と浮気された」
とかとか。


タイプっていったいなんなんでしょう。これを説明するのに画期的な例えを開発しました。

 

  • タイツ生足問題


タイツと生足どっちが好き?という質問があります。この好きに関して私は完全に生足派であり、タイツ派ではありません。しかし同時にフェチ枠としてのタイツはアリだと思っていて、この二つの好きは両立できるのです。


なんなら総合得点ではタイツの方が上、という逆転現象すらあり得るのですが、それでもやはりタイツはあくまでもフェチ枠、自分の根幹としてはナマ足派なのです。

 

実在するかもわからない、完璧な理想像が「タイプ」だとして、フェチ枠の方は実にリアリティがあります。タイプとはズレてるのに実体験としてグッときてしまった、そういう生の感覚を表現しているからです。ですから、好意の強さとして本命のタイプを逆転することも十分ありますし、一つのタイプにたいして無数のフェチ枠があり得ます。

 

そしてタイプもフェチ枠もすべてまとめて「好き」の一言で表現できてしまうところが今日のポイントです。

 

 

  • 人は一途ではいられない


多くの恋愛相談とか、使えないネットの恋愛コラムを見る限り、世の中のほとんど全員が自分の「好き」と向き合う感覚が甘すぎます。


一つのタイプ、本命の周辺には、無数のフェチ枠が存在します。好きの中には、タイプ、フェチ枠のほかにも、「嫌悪感/背徳感が転じたドキドキみたいなヤツ」とか、「嫌いじゃないのヤツ」とかいくらでもあります。相手の内面や性格を一切無視しても、五感のすべてを使ってくみ取れる(物理的な)情報は無限にあります。無数の好意が共存している方が自然です。好きの一言で終わらせなければなんてことはない当たり前の話なのですが、一途を美徳とする日本人の宗教観とはどうも相性が良くないみたいです。

 

冒頭にあげたようなお悩みはすべてこれが原因かと思います。無数にあるはずの好意を「好き」という一単語しかない語彙力に合わせて絞ろうとするから、問題が生じるのですね。

 

 

  • 大好きの無駄遣い

多くの恋愛相談とか、使えないネットの恋愛コラムを見る限り、好意を隠して駆け引きするのが王道の様です。しかしそれは全て嘘です。あれは童貞が書いたエアプ記事です。好意は伝えたほうが確実にモテます。減るもんじゃないので無駄遣いしましょう。

 

ただし、ただ好き好き言ってればよいわけではないです。ここまで書いてきたように、好意には無限に種類があります。自分がどう感じているのか一つ残らず正確に表現するのです。

 

この事を知ってか知らずか、美人は手を褒めろとかもよく言われるやつですが、「きれいな手だね~笑」では全然ダメです。手ひとつとっても、触らないでもわかる肌のスベスベ感、きちんと手入れされてるけど行き過ぎない爪、骨格由来の形のきれいさ、皮下脂肪の厚み、箸を持つ力の入れ具合、いくらでもあるはずです。そーゆーのを箇条書きにして全部伝えろというのではありません。気づいたときに、気づいたことを伝えるだけです。

 

コミュ障の人も大丈夫です。好きの中身がいろいろあるように、伝え方だって言葉以外にいろいろあります。目線、表情、触り方、などなど。目線と表情だけで食卓の醤油をとってもらえるように練習しておけば、大抵のことは口を開かずに伝えることができます。

 

  • まとめ

自覚しているタイプというものに縛られて、他にたくさんあるはずの好きを見失わないようにしましょう。おいしいという言葉を使ってはいけない食レポみたいなもんです。食レポがうまいひとはきっと魅力を見つけるのがうまい、素敵な人だと思います。ここまで外見的な、物理的な特徴に絞った好意について書きましたが、食レポついでに中身の好意についてもヒントを載せておきます。「(食べ物に限らず)このおいしさを共有したい」と思ったらだいたいOKです。