ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています

tomatojuicer222's diary

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インソムニアとプレステージ

今のノーラン映画の原点と言えそうな作品。前二作(フォロウイングとメメント)と違って、この二つに同時に論じなけらばならないような共通点はない。しかしバットマンビギンズを間に挟んで、いかに大物になったかは二つを見比べるとよくわかる。


まずはインソムニアから。夜が来ない白夜の町で発見された少女の遺体、犯人を追うのは心に闇を抱えた刑事。そんな中二感あふれる設定から羊たちの沈黙みたいな息もつかせぬサイコサスペンスを想像してしまう。で、それを期待すると完全に裏切られる。

きっかけとなる殺人事件は、それはもう淡々と順調に解決に向かう何とも地味なストーリーである。前二作と同じく、地味なストーリーをどう色付けするかってところはノーランならでは。前作ではリバースシークエンスって編集で平凡な出来事をドラマチックにして見せた。今回は主人公の苦悩がそのスパイスになる。思えばこれ以降のノーラン作品では欠かせない"メインのストーリーと絶妙に絡み合う人間ドラマ"って方法はここが始まりなんじゃないかな。

この映画は最後の最後にちょっとしたどんでん返しがある。あっと驚いて伏線が一本に繋がるような大どんでん返しではなくて、それはもう地味~な地味~なやつ。しかしめちゃくちゃ意味のあるラストで、その意味に気が付いたとき妙に良いもん見たって気分にさせられる。ノーランは世間で言われている(いた)様な"重く意味ありげなテーマを投げるだけ投げ""解釈は観客まかせ"な監督ではない。重い話も深い話もするんだけど、そんな人間ドラマパートにもちゃんと答えを提示して終わる。そんなところを実感してノーラン厨としては大いに満足しながら見終わったわけだけど、これ公開当初、メメントしか知らない状態でみたらつまんないだろうな~。寝るだろうな~。


そしてプレステージ。これは最初から最後まで結構面白かった。バットマンを除けば、初の眠くならないノーラン映画。インソムニアまでは"地味なストーリーを引き立てるスパイス"だったノーラン節が、"派手なストーリーにも負けない壮大なドラマ"に進化した作品。バットマンビギンズでお気に召した俳優をぜいたくに使って、エンターテイメント的な派手さと考えさせられる人間ドラマ、両方向にスケールを広げまくって文字通りの大物監督になったんじゃないかな。バットマン効果すごい。人間ドラマに集中するためストイックに映画的な派手さを排除してきた従来とは違い、あっと驚き飲み込まれるエンターテイメントの中に人間ドラマを絡めてきた感じ。

さてここからが面白い。思えば僕がメメントを見るきっかけをくれた友人は、"メメントアイデンティティとは何かを考えさせられる映画"だと言った。記憶をなくした主人公は、10分前の彼と同一人物と言えるのか。生きる目的、復讐心こそが彼を彼にしていたし、同時に彼を彼じゃなくしていた。インソムニアではどうだったか。主人公は大事なものと引き換えにアイデンティティを守り通す。ノーラン映画では"何のために生きるか"という目的こそがアイデンティティなのである。そしてプレステージでも同じことが起きる。劇中で語られる、マジックに人生を捧げる中国人の話が、今回も変わらずアイデンティティの映画だよと主張する。メメントの世界で、メモを書き換えればアイデンティティが書き換わるだろう。目的こそがアイデンティティである。では人生を賭けて同じ目標を追う2人の男は、アイデンティティを共有できるんじゃないか。そんなお話。