ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています

tomatojuicer222's diary

ASCASO社のエスプレッソマシンについてマニュアル和訳を勝手に進めています→ http://tomatojuicer222.hatenablog.com/entry/2014/11/19/121242

愛するのと愛されるのはどっちがよいのか問題です。

アナと雪の女王のネタバレ考察をします。なぜならブログを開設したものの記事がいっこしかないのは寂しいからです。

 


本記事内には、ストーリーに大きく関わるネタバレがたくさんでてきます。しかしネタバレそれ自体をコンテンツとして書く人は嫌いです。だから考察するにあたって話がギリギリ通じる程度のネタバレです。

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ネットで感想を見ていると、あの雪だるまはエルサの投影ってことでよさそうです。
終盤、彼は自分が溶けることを厭わず、暖炉に火をくべる。これがエルサの与える愛。

トナカイのおにーさんは終盤、アナを助けに吹雪の中を戻ろうとする。これも与える愛。

これに対してアナは序盤から一目ぼれしたり、真実の愛を間違えたり。真実の愛と思っていたものが間違いだったと知ったアナは、助けにきたトナカイのおにーさんのもとに駆け寄ろうとする。
 なぜか。トナカイのおにーさんが"自分のことを愛してると"気づいたから。今度こそ真実の愛だと考えたんでしょう。つまり、アナの愛情は始めから終わりまでずっと与えられる側なんです。


で、ラストシーン。
アナはおにーさんの愛をもらわなきゃ自分が死ぬと思ってる。でも、今にも切られそうなエルサに気付いて、自分の命よりエルサを助けることを選ぶ。最後の最後に、アナは与える側になったわけです。

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アナの愛が受け入れる側に極端に偏ってるのは、小さいころから姉貴にシャットアウトされ続けた反動なのかな?姉的とか妹的な苦しみがずいぶん議論されてたけど、そこは割とどうでもよくて。

自己犠牲を伴う無償の愛こそが真実の愛だよ!ってのがメインのメッセージでしょう。あんまり詳しく知らないけど実にキリスト教的なんじゃなかろうか。キリスト教徒じゃない日本で売れてる理由はよくわからん。

最後におにーさんの愛をもらう側でいようとしてたら、どんな結末になってたんでしょー!こわいこわい!

ちなみにこの話だと、両想いかどうかは真実の愛に関係なさそうね。愛されるより愛したいとかゆー対等な関係ではなくて、明確に与える側が尊いんだと言い切ってる感じ。

個人的にはどっちも楽しそうだしいいと思うけど、この映画ではそう言ってますというお話。



想像したおいしさをばら撒きましょう。